麻酔導入の種類とその違い:緩徐導入・急速導入・迅速導入(RSI)

手術室関連知識

全身麻酔の導入とは、患者の意識を安全かつ確実に消失させ、気道確保や気管挿管へと円滑に移行する一連の過程を指します。このプロセスは、麻酔中の合併症や事故を防止するうえで極めて重要であり、患者の病態、緊急度、誤嚥リスクなどを考慮して最適な導入方法が選択されます。

本記事では、全身麻酔の導入方法として広く用いられる以下の3つの手法について、特徴や適応、留意点を比較しながら解説します。

  • 緩徐導入(slow induction)
  • 急速導入(rapid induction)
  • 迅速導入(rapid sequence induction:RSI)

緩徐導入(slow induction)

緩徐導入とは、吸入麻酔薬を用いて徐々に麻酔を深めていく方法です。特に小児患者や、静脈路の確保が困難な成人患者に適応され、自発呼吸を維持したまま導入が行われます。

  • 主な使用薬剤:セボフルラン(※デスフルランは気道刺激性が強いため適さない)
  • 特徴:自発呼吸を維持しながら、吸入麻酔薬で徐々に意識を消失させる
  • 利点:静脈穿刺の必要がなく、無侵襲に導入できるため、患者の不安や疼痛が軽減
  • 注意点:導入に時間がかかり、体動や気道反応が起こりやすい

なお、COVID-19パンデミック中には、静脈麻酔薬の供給不足により、吸入麻酔薬による緩徐導入が主流となった施設も報告されています。

急速導入(rapid induction)

急速導入は、静脈麻酔薬を用いて素早く意識を消失させ、筋弛緩薬を投与した後にマスク換気を行い、気管挿管へと進む一般的な麻酔導入法です。予定手術における健常成人など、誤嚥リスクが低く、全身状態が安定している症例に広く適応されます。

  • 主な使用薬剤:プロポフォール、ミダゾラム、ロクロニウムなど
  • 特徴:静脈投与によって迅速に意識を消失させ、マスク換気後に挿管
  • 利点:安全性が高く、標準化されており麻酔導入の主流
  • 注意点:誤嚥のリスクがある症例では適応不十分

実際の導入手順は施設や麻酔科医によって若干異なり、筋弛緩薬投与のタイミングや換気の順序が前後することもあります。

迅速導入(rapid sequence induction:RSI)

迅速導入(RSI)は、誤嚥リスクが高い患者に対してマスク換気を行わず、意識消失から気管挿管までを極めて迅速に行う導入法です。特に緊急手術や絶飲食が不十分な症例において、胃内容物の逆流や誤嚥を最小限に抑えることを目的としています。

手順の概要:

  1. 100%酸素で十分に前酸素化(3〜5分間)
  2. 麻酔薬と筋弛緩薬をほぼ同時に静注
  3. 投与と同時にSellick法(輪状軟骨圧迫)を開始
  4. マスク換気は行わず、筋弛緩薬の効果発現後(通常1分程度)に速やかに挿管
  5. カフ膨張後、換気と聴診で挿管位置を確認し、Sellick法を解除
  • 主な使用薬剤:プロポフォール、ケタミン、スキサメトニウム、ロクロニウム(※通常より多めに投与)
  • 適応症例:妊婦、腸閉塞、意識障害、外傷患者、緊急手術など
  • 注意点:Sellick法により喉頭展開が困難になる可能性があり、挿管困難が予想される場合はビデオ喉頭鏡やファイバー挿管の準備が必要

導入方法の比較

導入法 主な適応 換気操作 使用薬剤の例 特記事項
緩徐導入 小児、静脈路未確保 あり セボフルラン 意識消失まで時間を要する
急速導入 健常成人の予定手術 あり プロポフォール+筋弛緩薬 標準的な導入法
迅速導入(RSI) 誤嚥リスクの高い症例 なし スキサメトニウムなど 高度な技術と準備が必要

まとめ

全身麻酔の導入方法は、患者ごとに異なる病態やリスクを正確に評価し、最適な手法を選択することが求められます。緩徐導入・急速導入・迅速導入はいずれも有用な選択肢ですが、それぞれの特徴を理解し、適応を誤らないことが安全な麻酔管理に直結します

※本記事は医療従事者および医療系学生向けに、一般的な医学知識を提供する目的で執筆されたものであり、具体的な医療行為は必ず担当医師の診断と判断に基づいて実施されるべきです。

参考文献

  1. 日本麻酔科学会. 「麻酔科領域における緊急気道管理の推奨 2020」
  2. 日本麻酔科学会編. 『標準麻酔科学 第7版』 医学書院, 2023年
  3. 日本小児麻酔学会監修. 『小児麻酔マニュアル 第2版』 文光堂, 2020年
  4. Walls RM, Murphy MF. Manual of Emergency Airway Management. Lippincott Williams & Wilkins, 2018.
  5. Miller RD et al. Miller’s Anesthesia, 9th ed. Elsevier, 2020.

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