帝王切開に立ち会った際、「なぜこんなに頻繁に血圧を測定しているの?」と感じたことはありませんか?
特に脊髄くも膜下麻酔や、これとCSEA(combined spinal-epidural anesthesia)を併用した場合、導入直後から数分おきの血圧測定が行われます。看護師としては1~2分おきにアラームが鳴り、対応に追われることもあるでしょう。
しかし、この頻回な血圧測定は単なるルーチン業務ではありません。そこには、胎児の命にも直結する極めて重要な目的があるのです。今回は、麻酔科医の視点から帝王切開における血圧モニタリングの意義について解説します。
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胎盤には自己調節能がない ― 血圧低下がそのまま胎児リスクに
私たちの体内の多くの臓器(脳、腎臓、心臓など)には「自己調節能(autoregulation)」があります。これは血圧がある程度上下しても臓器への血流量を一定に保とうとする機能で、瞬間的な血圧変動による臓器障害を防ぎます。
一方で、胎盤にはこの自己調節能がありません。
つまり、母体の血圧が低下すれば、そのまま胎盤を通じた胎児への血流も減少してしまいます。
母体の血圧が数分間低下しただけでも、胎児は深刻な低酸素状態に陥る可能性があります。
だからこそ、帝王切開では母体の血圧を頻回に確認し、即時に介入できる体制が不可欠なのです。
脊髄くも膜下麻酔では血圧低下が起きやすい
帝王切開でよく行われる麻酔法は、脊髄くも膜下麻酔(spinal anesthesia)や、脊髄くも膜下麻酔+硬膜外麻酔(CSEA)です。
いずれも交感神経のブロックにより末梢血管が拡張し、急激な血圧低下を招きやすいという特徴があります。
さらに妊婦特有の生理的変化が、血圧変動のリスクを高めます:
- 仰臥位低血圧症候群:大きくなった子宮が下大静脈を圧迫し、静脈還流が減少。
- 局所麻酔薬の感受性亢進:妊娠によるホルモン変化で麻酔薬が効きやすくなる。
これらの要因により、麻酔導入直後~胎児娩出までの間は急激な血圧低下が起こりやすく、初動の遅れが胎盤循環障害や胎児低酸素につながるリスクが高くなります。
このため、麻酔導入直後には極めて頻回な血圧測定が求められるのです。
実際にはどれくらいの頻度で測定するのか?
多くの施設では、麻酔導入から胎児娩出までのあいだ、1~2分おきに非侵襲的血圧測定(NIBP)が行われています。
母体の血圧低下が確認されれば、昇圧薬の投与や急速輸液が即時に実施されます。
この判断には、リアルタイムの血圧データが不可欠です。
また、嘔気やめまいなどの症状が出る前に血圧低下を察知できるため、モニタリングは予防的対応の鍵ともいえます。
看護師として理解しておくべきポイント
手術室看護師としては、以下の点を意識して血圧測定を支援することが重要です:
- 自動血圧計の作動確認:機器の異常や誤作動を早期に発見。
- 袖口のフィット確認:ずれや締めすぎによる測定誤差を防止。
- 異常値への迅速な対応:異常値を見逃さず、体調変化にも注意し、必要時に麻酔科医へ報告。
- 悪心・嘔吐・気分不良などの主訴の察知と報告:血圧低下の兆候である可能性。
このように、頻回な血圧測定はチーム医療としての重要なケアであり、単なる麻酔科医の業務ではありません。
最後に ― 血圧測定の音は「命を守るサイン」
手術室で1~2分おきに鳴る血圧測定の音。
その一つ一つには、母体と胎児の命を守る重大な意味があります。
帝王切開は予定手術であっても、予測不能な事態が起きうる緊張感のある手術です。
だからこそ、頻回な血圧測定は絶対に欠かせないのです。
看護師としてこの意義を深く理解し、積極的にチームの一員として支援することが、安全な周術期管理に大きく貢献します。
参考文献
- Practice Guidelines for Obstetric Anesthesia: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Task Force on Obstetric Anesthesia. Anesthesiology. 2016;124(2):270-300.
- 日本麻酔科学会 編. 『臨床麻酔マニュアル』. 克誠堂出版. 2020年.
- 梶原一人 編. 『今日の麻酔スタンダード』. 南江堂. 2022年.
- Hawkins JL, et al. Anesthesia-related maternal mortality in the United States: 1979–2002. Obstet Gynecol. 2011;117(1):69–74.