麻酔導入後にSpO₂が急低下?それ、機能的残気量(FRC)が関係しています

手術室関連知識

「さっきまで100%酸素を吸っていたのに、麻酔導入をした途端にSpO₂がどんどん下がる」

手術室でこうした経験をされた方も多いのではないでしょうか。

この現象の背景には、「機能的残気量(FRC:Functional Residual Capacity)」という呼吸生理の重要な概念があります。
麻酔科医にとっては日常的に意識しているものですが、手術室看護師の皆さんにも理解しておいていただくと、麻酔導入時のサポートの質がぐっと高まります。

今回は、このFRCについて、臨床に直結する形でわかりやすく解説します。

そもそもFRC(機能的残気量)とは?

FRCとは、「息を吐き終えたときに肺に残っている空気の量」のことを指します。

呼吸をしていない間も、肺の中は空っぽではなく、ある程度の空気が残っています。これがFRCです。

FRCには酸素も含まれており、この酸素が「呼吸が一時的に止まった時」にも血液へ酸素を供給し続けてくれます。
つまりFRCは、「酸素の貯金」とも言える重要な存在なのです。

麻酔導入時や挿管中に無呼吸になる場面でも、FRCがしっかりあればSpO₂の低下を防ぐことができます。

麻酔導入でFRCが減る理由

全身麻酔を導入すると、以下の要因でFRCが急激に減少します:

  • 筋弛緩薬の影響: 横隔膜や肋間筋が弛緩し、肺が収縮しやすくなることで無気肺が生じます。
  • 体位の影響: 仰臥位では腹部臓器が横隔膜を押し上げ、肺が圧迫されFRCが低下します。

FRCが小さいと、わずかな無呼吸時間でも急速にSpO₂が低下するため、導入時の慎重な対応が必要です。

特にFRCが低下しやすい患者とは?

  • 妊婦: 妊娠後期では、子宮が横隔膜を物理的に圧迫するためFRCが大幅に減少。加えて母体の酸素消費量も増加しています。
  • 肥満患者: 腹部脂肪により横隔膜が持続的に押し上げられ、もともとFRCが少ない状態。
  • 小児: 体のサイズに比例してFRCも小さい一方、酸素消費量は成人の2〜3倍。無呼吸によるリスクが高い。

FRCが低いとどうなるのか?

FRCが少ないと、無呼吸に陥った際の「SpO₂が維持できる猶予時間」が非常に短くなります。結果として:

  • マスク換気が少しでも難しいと、すぐに酸素飽和度が急降下
  • 挿管に手間取ると、すぐに重度の低酸素血症になる
  • 無気肺が広がり、術後肺炎などの合併症のリスクが上がる

このようなリスクを最小限にするために、「前酸素化(Preoxygenation)」が非常に重要になります。

前酸素化でFRCを“酸素で満たす”

導入前に100%酸素を3〜5分間吸入してもらうことで、FRC内の空気をほぼ酸素に置き換えることができます。

これにより、導入時の酸素貯蔵量が最大化され、無呼吸の猶予時間が伸びます。

近年では、肥満患者に対してネーザルハイフロー(HFNC)を使用し、導入中も酸素投与を継続する手法も取り入れられています。

看護師としてできるFRCへの対応

FRCそのものは目に見えませんが、次のような情報からリスクを予測することができます:

  • 患者背景: 妊婦、肥満、小児 → FRC低下が予測される
  • 体位: 仰臥位、頭低位 → 肺が圧迫されやすい

これらを意識して、以下のサポートを行いましょう:

  • 前酸素化の時間をしっかり確保する
  • マスク換気中のアシストを的確に行う
  • 挿管器具や補助器具の準備を事前に整える

これらの行動は、FRCという“見えないリスク”への対処に直結します。

まとめ

機能的残気量(FRC)は、肺の中にある“酸素の貯金”です。
全身麻酔導入ではこの貯金が一気に減るため、SpO₂の急低下リスクが生じます。

妊婦、肥満、小児などFRCが少ない患者では特に注意が必要です。
看護師としてもFRCの概念を理解し、麻酔導入や換気管理をサポートすることで、より安全で質の高い周術期医療を提供できます。

参考文献

  • 標準麻酔科学 第7版(医学書院, 2020)
  • 日本麻酔科学会編:麻酔科標準テキスト 第2版(真興交易医書出版部, 2018)
  • Miller’s Anesthesia 9th Edition(Elsevier, 2020)
  • Nunn’s Applied Respiratory Physiology, 8th ed.(Elsevier, 2016)


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